2023.6.7【僕らのノリカツ】
【開発秘話】アップダウングリルができたワケ
2019年の秋、商品開発を任されていた私はとても困っていた。
ピザを焼いたことがない私に、ピザ窯の開発を命じられたからだ。
~本当に大事な情報はネットにはない~
なにはともあれ情報収集。
世の中にはどういうピザ窯があるのかネットで調べてみることにしました。
すると出るわ出るわ・・・機能・価格・特徴などを表にまとめたりマッピングしてみたりして「ここが狙い所かな?」というところを見つけました。しかし、重要な情報が抜けているような・・・考えれば考えるほど机上の空論のような気がしました。
ネットで競合を調査
「実際にピザ窯を使っている人に話を聞くしかない」
そう思った私は、ピザが美味しいと評判のお店をネットでリサーチ。
福岡市内にある有名イタリアンシェフがいるお店La casa di Naoを見つけて、お店に伺いお話を聞くことができました。
・ピザが美味しく焼くためには350~500℃の安定した高温が必須条件
・保温材と空気の流れを工夫しないと熱が逃げて温度が安定しない
・業務用の釜は専業メーカーがいるのでおすすめしない
・個人でピザ窯作る人はいるが鉄部分が高くつく。鉄工所なら保温構造をなんとかできれば可能性はあるのでは
・プロが使う耐火材を使ったピザ窯は30~50万程度
・家庭やアウトドア用の釜はあるが350℃以上を安定して出せるものは少ない。アウトドアが盛り上がっているので調査してみるといい
(La casa di Naoオーナーシェフ石橋尚幸さんのお話から抜粋)
なるほど、家庭やアウトドア用途なら可能性があるのか。
大事なのは勇気を出して人に会いにいくことなんだと知りました。
本当に大事な情報は人がもっている。
La casa di Naoの窯
~メタルクリエイターが生み出した画期的なプロトタイプ~
「家庭用」「20kg以下」「350~500℃の高温を維持できる保温機構」「20万円以下」。こうして最低限の開発要件が整いました。
その後も、大手素材メーカーで長年研究開発されていた方に保温材や熱の扱いについて話を聞きに行ったり、耐火煉瓦を作っている会社に訪問したりしながら地道に開発進めていきました。
そんなある日、試作を進めてくれていた凄腕メタルクリエイターが「すごいものができたから見てくれ」と声をかけてきてくれました。
なにこれすごい。天才か。
バーベキューとオーブン料理が同時にできるという点だけでも斬新ですが、通常は煉瓦を使う保温機能を木で実現しているという奇想天外さ。煉瓦に比べて圧倒的に軽いうえ、鉄と木の間に断熱材と空気の層を作っているため触っても火傷しないという特徴もありました。
~商品をつくるということ~
いいプロトタイプができたからめでたしめでたし…とはいきません。
プロトタイプはあくまで仮説検証用の1品もの。量産を前提とした商品(=プロダクト)化のためには長期間の使用に耐えうる耐久性はもちろん、購入したいと思ってもらえるデザイン、目標価格を実現するための工法とサプライチェーンの確立…やらなければならないことは山ほどありました。
・デザインをつくる
インターネットやアウトドアショップの調査を通して商品のデザインが非常に重要だと感じていたため、新規事業全般のブランディングに伴走して頂いていたプロダクトデザイナーの関光卓さん(Gate Light Design)にお願いすることにしましたが、これがハレーションを生むことに。
公共工事を中心にしてきた町工場にとってものづくりの優先順位は
品質=機能≧コスト>>>>>>見た目の美しさ
という感じ。
「かっこよさも大事かもしれないけど機能や価格の方が圧倒的に大事でしょ」という感覚が主流で「見た目にこだわるのはかっこ悪い」という人もいたりします。一方でデザイナー視点(というかむしろBtoC商品の一般的な視点)では、品質、機能、コスト、見た目の美しさすべてが等しく重要で、バランスが取れた商品がいい商品だということになります。
今回は350℃以上の高温を扱う特殊な商品でもあったため、熱による影響の考慮も必要となり、これはデザイナーの関光さんにとっても未知の領域。デザインして頂いたものをそのまま作って完成、というわけにもいきませんでした。
デザイン、試作、デザイン、試作・・・の繰り返し。
そのたびに出る「なんでここはこんな難しいデザインなのか」「この構造はデザイン無視してこうした方が安くなるはず」という声。繰り返される試作で社員の気持ちが離れていかないようにするのは本当に大変だったし、こちらの無理なお願いにも根気強く付き合って頂いた関光さんには感謝しかありません。振り返ってみれば商品を作りながら社内の中にデザインに対する理解を育てていく、そんな時間だったのだと思います。
・品質とコストをつくる
鉄工所にはそれぞれ得意分野があり、乗富鉄工所は職人による溶接と組立を武器にするアナログな工場。金属の曲げや切断は専用設備がないため割高になってしまいます。
そこで力になってくれたのが同じ市内のアトツギ仲間、安永翔太さん。彼の家業である株式会社ヤスナガは数々の最新設備を導入するハイテクな鉄工所で金属の切断と曲げに関しては地域でも抜きんでた存在です。
他にも、デザイナーさんの紹介で知り合った神越プロダクツの金澤さんにネックだった木材部分の製作、鶴栄工業アトツギの高尾清太さんに細かな部品の調達などをご協力頂きました。
ご協力頂いた会社の共通点は「町工場の職人技を生かしたプロダクトで世の中をもっと楽しくする」というビジョンに心から共感して頂いていたということ。夢を語りながらも内情をオープンにしてみんなでシビアなコストに挑戦したことで、だんだんと現実的な品質、価格が見えてきました。
それは自社だけでは決して乗り越えられない壁でした。
試作を繰り返すたびに姿を変えたアップダウングリル
~アップダウングリル、完成。~
温度計測実験、条件:炭満載、送付なし、炭追加なし
【価格】本体¥129,800(税込)、消化蓋テーブル付き¥14,9600(税込)
【サイズ】W40cmxD40cmXH40cm
【本体重量】14kg , 蓋テーブル2kg
【素材】ステンレス(SUS304)、アルミ、木材(ホワイトアッシュ)
【燃料】炭
【オーブン温度】350~400℃(予熱時間約30分)
当初狙っていた開発要件(家庭用、20kg以下、350~500℃で高温を維持できる保温機構、20万円以下)はクリア。
さらに、高級家具のようなデザイン、テーブルにもなる機能性、表面が危険な温度にならない安全性、バーベキューとオーブン料理が同時に楽しめる新体験など、これまでにない特徴を持つプロダクトになりました。
~町工場の夢~
「ピザ窯を作れ」、そんな一言でスタートしたプロジェクトは多くの人とのご縁を生みどんどん広がっています。
例えば、開発に協力してくれた鶴栄工業アトツギの高尾清太さんとは、ものづくりへの熱い想いが高じて九州のものづくり企業によるBtoCプロダクトの展示即売会「New Match Factory」を企画することになりました。
地元のクラフトビール醸造所「ブルワリー柳河」さん、ゲストハウス「ほりわり」さんとは、柳川市地域おこし協力隊の皆様の力を借りて「たきBEERガーデン」というイベントを開催。
他にもたくさんのアトツギ仲間や町工場仲間、デザイナーさん、先輩経営者、地域の皆様、大学の先生、大学生、友人達……本当にたくさんの人達と作り上げてきたことで、「昔からあるけど何を作っているかわからない」と思われていた鉄工所と社会との関係性が変わってきています。
そしてこれはまだまだ序章。
変化する時代の中、乗富鉄工所はこれからもいろんなことに挑戦していきます。それは水門事業の進化かもしれないし、まちづくりかもしれない。
決めているのは2つだけ。
ものづくりをやめないってことと、楽しみながらやるってことです。
「九州になんだか変なことやってる鉄工所がある」
今はそう思ってもらえれば幸いです。
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町工場は夢を見る。
地域を、町工場仲間を、そして世界中の人をノリノリにする夢だ。